大阪地方裁判所 昭和44年(わ)3号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕本件公訴事実は、
「被告人は、額面一万円の日本銀行券を偽造行使しようと企て、
第一 竹尾久男と共謀の上、行使の目的をもつて、昭和四三年一二月二五日午後五時頃、尼ケ崎市元浜町一丁目二六番地神戸製鋼株式会社武庫川寮の自室において、額面一万円及び千円の日本銀行券各一枚を安全カミソリで縦に半切し、一万円札の半切と千円札の半切をそれぞれ切り口を揃えてセロテープで貼り合わせ、もつて額面一万円の日本銀行券二枚を偽造し、
第二 右竹尾久男及び松尾徹と共謀の上、同日午後七時四〇分頃、大阪市阿倍野区阿倍野筋一丁目六番地の一六喫茶店「ドーム」において、同店々員松尾ひろ子に対し、右偽造にかかる額面一万円の日本銀行券一枚を、同店での飲食代金七五〇円の支払のため、恰も真正に成立したもののように装つて提出して行使し
たものである。」
というのである。
よつて審理判断するのに、……押収にかかる一万円札と千円札の各半分をつぎ合わせたもの二枚、安全カミソリ一個、フエキ糊一本、セロテープ一箱を総合すると、被告人が竹尾久男と相談の上、行使の目的で、公訴事実第一の通りの日時場所において、額面一万円及び千円の日本銀行券各一枚を安全カミソリで縦に半切し、一万円札の半切と千円札の半切をそれぞれ切り口を揃えてセロテープで貼り合わせ、各一万円部分が表面に出るように五つに折り畳んでフエキ糊で容易に開けないように糊付けしたこと、更に竹尾久男及び松尾徹と相談の上、公訴事実第二の通りの日時場所において、松尾ひろ子に対し、右作成にかかる一枚を、飲食代金七五〇円の支払のため恰も真正な一万円札のように装つて提出して行使し、同女をその旨誤信させて釣銭として九、二五〇円を交付させたことが認められる。
ところで通貨偽造(変造)罪における偽造(変造)とは、一般人をして一見真正な通貨と誤認させる程度の外観を有するものを作成することで、その外観は、特殊な詐欺的用法とあいまつて始めて真正な通貨と誤認させる程度では足りず、通常の用法による場合に一般人をして一見真正の通貨と誤認させる程度のものでなければならないと解すべきである。
前記各証拠によれば本件においては、被告人らの当初作成しようと意図したものも結果として作成したものも、右認定事実の範囲を出ないが、作成された日本銀行券が右認定事実の程度のものである限り、紙幣や銀行券は通常開いて行使されるもので、仮に折り畳んで使われた場合にもそれを受取つた者は直ちにこれを開くのが通常であるから、被告人らが作成した日本銀行券を直ちに開けないように糊付し、特に混雑した喫茶店を選び、被告人らの後に代金支払客が引き続き、レジ係が被告人らの出した日本銀行券を開いてみるゆとりのない時点を狙つて釣銭を受け取る直前まで被告人がこれを握つていて、これをレジ係に渡すと同時に釣銭を受け取るや逸速く逃走した特殊な用法とあいまたなければ、一見誤認の余地はなかつたものと認められ、通常の用法に従う限り一般人をして一見真正の通貨と誤認させる程度の外観を有しないものというべきである。従つて被告人の右認定の行為は通貨偽造(変造)罪にも、偽造(変造)通貨行使罪にも該らない。また一万円札を半切したにすぎないのとさ程の逕庭はなく、主観的にも客観的にも結果発生の危険性はないから、これらの未遂罪も成立する余地がない。
なお偽造通貨行使の公訴事実と公訴事実の同一である釣銭詐欺については十分な証拠があるけれども、被告人は若年で前科、前歴など全然なく、肩書本籍地の田舎から集団就職して二年足らずで(本件当時多分怠業的傾向が見られたが)犯罪傾向が固定化していた訳でなく、手段の幼稚な一回限りの釣銭詐欺で、犯行後間もなく逮捕され騙取金銭はその一部を費消したものの大部分は押収され既に被害者に還付されており、残余の損害も既に前記松尾徹により弁償されており実害なく、出来る限りの寛大な処理を願う旨の被害者の請願書も出されており、前非を悔い、保釈後肩書本籍地に帰省して実父の果樹園経営を手伝つており再犯のおそれはないことなどが認められるので、今更検察官に訴因変更を命じ又は促して詐欺罪で処罰するまでのことはないものと考えられる。
よつて本件公訴事実は罪とならないから、刑事訴訟法三三六条前段により被告人に無罪の言渡をすることとする。(戸田勝 上野智 井垣康弘)